◯ 大阪三越伊勢丹 和菓子 B1

福壽堂秀信 (和菓子)
昭和23に年の浪花の粋を伝える大阪宗右衛門町で創業した大阪の老舗和菓子店 福壽堂秀信です。

宗右衛門町ブルースで有名な大阪の宗右衛門町は、かつて大変格式の高い花街つまり遊郭であり、洗練された浪花文化の風土の中で、季節を尊び、素材を選び、職人の技を鍛えることで、真に美味しい和菓子を作り出すために努力してきたそうです。

京都の修学院離宮へのお客様用菓子として数百納入した実績があるほか、何と皇族にも納入しているそうです。

こういうのを皇室御用達とでも言うのでしょうか。

すんごいですね~。
現在では、帝塚山本店、宗右衛門町店、阪急三番街店があり、大丸、高島屋、近鉄、阪神等のデパートにも出店しています。

代表的なお菓子は、「道頓堀」、「帝塚山」、「花御堂」そして水羊羹などです。

特に、定番商品の道頓堀は、大手亡豆白餡を白村雨でロールした蒸したお菓子で、サッパリとした高貴な味わいがごプレゼントにも喜ばれ、また家庭でのお茶の時のお菓子としても大変人気があります。

また、人気商品ランキングと言うものもあり、一位は、「缶入味好み 三種 -福よせ、かりん糖、南地ぼうろ」です。

これは、丸いレトロな缶に入った昔ながらのお茶うけです。2位は、「ふくふく」で、大阪のお土産人気スイーツの饅頭です。

ご家庭でも温めればまさに蒸しあげたばかりの味が蘇るのだそうです。

さて、第3位は、「厄除け節分ぜんざい」で、小豆の丹波大納言の中でも厳選されたものを使用し、ザラメのお砂糖だけを使用して炊き上げた福壽堂秀信の絶対のおすすめ品です。

道頓堀 福壽堂秀信

京菓匠 鶴屋吉信 (京菓子)
創業が享和三年(1803年)の京都市上京区今出川通堀川西入にある鶴屋吉信の出店です。

江戸時代の享和三年(1803)、初代鶴屋伊兵衛によって創業されました。

いわゆる京都の京菓子店です。京菓子というものは、天皇家や貴族階級である公家の色々な公式行事や私的な付き合い、日常生活などで食べられていたものです。

京都には有名な神社仏閣が多くあり、古くから伝わる伝統的なの祭や儀式のための供餞菓子としても洗練されてきた歴史があります。

それらだけでなく千利休に始まる茶の湯によっても鍛えられ、磨きぬかれた茶菓子を綿々と伝えてきています。

このようなことから、鶴屋吉信の主力商品は「京観世」と「柚餅」です。

「京観世」は、厳選した小豆を使い、小倉アンと村雨を職人の手で心を込めて巻いている高貴な棹菓子です。

大正9年(西暦1920年)に作り始めてから、今に続く息の長い同店を代表する銘菓でしょう。

柔らかでゴージャスな小倉アンの美味しさをどうぞお楽しみください。

ちなみに、大納言小豆や白小豆をほっこりと煮あげ、上手に蜜に漬けて出来上がるアンを「小倉(おぐら)」や「小倉餡」と言われています。

小豆自体のほんのりと香る風味、小豆自体の甘さが最も際立つ生地と言えましょう。

典雅な名称のおこりは、いろいろ言われていますが、その外観が秋になると紅葉の葉でおおわれる京都にある小倉山のように深い紅色によく似ているという話や、小倉山付近に住んでいた職人が日本で初めて小倉餡を作りあげたという説。

一方で小豆の粒が鹿のまだらな模様とそっくりであるので、鹿といえば紅葉、紅葉といえば小倉山を風が吹けば桶屋が儲かる式に連想されたためという話など種々言われています。

また、京観世に必須の生地が「村雨(むらさめ)」です。大納言小豆でこしらえたアンに米粉やもち米粉を入れてよく練り上げ、細かな金網の目を通すことによりそぼろ状にして、それから強い蒸気で蒸し上げてつくります。

そぼろの具合が、秋に降る村雨(にわか雨)の様子を連想させるため、この名とされたとの話も残っています。

「柚餅」は、柚子の香りをソフトな求肥に閉じ込めて国産の高級な和三盆糖をふりかけています。

誠に京風味豊かなお茶の時に最適なお菓子です。柚子が醸し出すスッキリとした香り、口の中に入れた瞬間に消えてしまうような風雅な甘さがあり、食感も優れています。

明治初年(西暦1868年)に売りだしてから、このお菓子も「京観世」と同様に同店の2大代表銘菓と言えましょう。

現在、本店の玄関上に掲げられている大きな看板の揮毫は京都の文人画家である富岡鉄斎が書いたものです。

鉄斎は柚餅を大変好みとしていたもので、同店四代目鶴屋寉堂氏に、柚餅の装画も贈っています。

「益精養気(精を益し、気を養う)」との文章がある柚子の水墨画や、柚子の薬としての効果を褒め称えた掛け軸を贈って友情を深めていったと言われています。

京菓匠 鶴屋吉信

老松 (京菓子)
京菓子の有名店老松は、「北野店」が北野天満宮東門前、団子発祥の地、京都最古の花街「上七軒」にあります。

遊郭である花街(かがい)にあることから、京都独特の「はんなり」とした様子がうかがえる建物です。

また、「嵐山店」は、京都を代表する風光明媚である嵐山にあり、同時にこの地は、煎餅発祥の地でもあります。

煎餅は、弘仁年間、現在の中国である唐から帰国した僧空海が、嵯峨の里に住んでいた和泉守大掾和三郎と言う人物にその作り方を教え、嵯峨御所へ献上したと伝わっています。その老松が、いよいよ大阪三越伊勢丹にお目見えです。

京菓子は、「有職儀式典礼に用いる菓子、または、茶道における菓子」と定義されています。

和菓子の一つと言えますが、和菓子だけにとどまらずその歴史性や伝統などからそれ以上のものとなっているのが京菓子です。

老松の菓子は、このような京菓子の伝統を尊重しながら、その外観や食材についても、絶え間ない革新をもたらしてきました。

結婚式のための>婚礼菓子、茶の湯のための茶席菓子のほか、京都の歴史を継承している風土菓や、「夏柑糖」のように、日本の昔からの食材について思いをめぐらすようなお菓子、「蓮根餅」や「香果餅」のように、お菓子の根源を追求してアジアの諸国を旅して生まれた菓子、「流鏑馬」「今様」のように、日本古来の能や文学など芸能文化を受け伝えていくための菓子など、大げさのようですがお菓子を通して、京都の豊かな歴史や文化を次の世代へと伝えてい行くために試行錯誤しています。

老松の代表菓子は、「松風」でしょう。

菓子の根源でもある「久多毛能(くだもの)」にあやかり、ハチミツ蜜漬けにした桃の果肉が入っています。

京の白味噌を目立たないように入れており、銅の鍋でソフトに焼き、しっとり気品高く作られています。

いわゆるホールケーキ状の焼き菓子ですので、適宜にカットして食べてください。

また、「本わらび餅」ですが、「わらび餅」は、遠く室町時代中期の『老松堂行録』にわらび餅という名称があります。

おもに、江戸時代から関西地区において多く好まれてきました。(関東ではわらび餅ではなくくず餅が多く食されてきました。)

老松のわらび餅の缶詰は、昭和50年代後半に作られたもので、缶詰であるためその味や香りが失われること無くいつでもお召し上がりいただけます。【老松】 本わらび餅

赤坂柿山 (おかき)
設立が1971年の東京都港区赤坂にあるおかきの赤坂柿山が大阪三越伊勢丹に出店です。

直営店を都内に展開し、百貨店売店もたくさんあります。

雪国の富山県地方の特産もち米の新大正糯米を素材にしたおかきは同店の職人の熟練で鍛えあげられた技、素材の善し悪しを見極める感覚、そして美味しいおかきを作りたいというここらかの思いからできています。

特に柿山セレクトは、あられ・おかきの製法を熟知し、おかき専門店である「赤坂柿山」のプライドをかけた職人が、心を込めてひとつひとつ手間暇を厭わずに作っています。

厳しい目で選び抜かれた食材、絶え間ない改善の賜物で世に出てくる心がこもったおかきをどうぞお楽しみください。

特筆すべきは、意外なことにこのお店は、バレンタインに力が入っていることです。

おかきとバレンタインはあまり結び付く感じがしませんが、「VALENTINE COLLECTION」として、ハート形の「ハートせんべい」や、「プチハートえびしお」、「プチハートスイート」など、ハート形の製品をハートキューブなどのハート型を印刷したパッケージで包んで販売しています。

これらの商品がどれだけバレンタイン商品として売れているかさだかではありませんが、面白い取り組みであるとは思います。

バレンタインがあるのだからクリスマスも当然クリスマス用商品があります。

やはり、中身はおかきですが、ブルークリスマスをイメージした箱を用意しています。

〔赤坂柿山〕柿山セレクト

彩雲堂 (和菓子)
同社の公式ホームページは、非常に見やすく情報も十分なものです。

特にトップページにサイトマップを明示しているところは、珍しいタイプですが、サイトを見る人が迷わないようにとの心づかいがうかがえます。

お店が指示したのかサイト制作会社が気を利かせたのか不明ですが、いずれにしろ好感が持てるサイトです。

創業が明治7年(1874年)の島根県松江市にある株式会社彩雲堂の出店です。

店舗を島根県に10店、鳥取県には4店展開しています。

小泉八雲や水の都として知られる北陸の城下町松江は、京都・金沢と並んで茶処・菓子処としても知られています。

ぶらりと散歩すると市内には多くの和菓子屋さんを発見できます。

松江と和菓子が切っても切れない関係であるのは松江藩七代藩主・松平出羽守治郷(不昧:ふまい)公を抜きにしては語ることができません。

この不昧公は自ら不昧流という茶の湯の道を極め、その茶の湯の会で提供される和菓子の数々は、「不昧公好み」と言われて今でも松江には継承されています。

同店定番のお菓子は、まず「若草」でしょう。松平不昧公が詠んだ和歌の中から名を取った同店を代表するお菓子です。

他店にはない独特の作り方で丸みを帯びた求肥に薄いグリーンの寒梅粉をつけたもので、萌え上がるような美しい緑色が心に残ります。

だんだんと香りが深まっていく若い葉を思い浮かべながら作って、四季折々の緑色に合わせてお菓子の色も変えていくそのような配慮に満ちたお菓子と言えます。

その他春の「若草」、秋の「山川」、そして「菜種の里」は「不昧公お好み」を表す三大お菓子として、松江の代表的な銘菓として大人気です。

実は、これらのお菓子たちは、明治維新を境としてぱったりと作られなくなっていました。

その後、これらのお菓子を知るお年寄りや茶道の達人たちの所に出向いて様々なお話を聞き、また、受け継がれている古い文書を読んだりして、明治の半ばに彩雲堂初代山口善右衛門氏が最初に「若草」を再現しました。


以後、伝統と文化を語り伝えるような手作りの和菓子を作って来ましたので、島根はもとより全国的にも「彩雲堂」が有名になりました。

松江 彩雲堂の和菓子

浪芳庵 (みたらし団子)
1858年創業の大阪市中央区難波にある浪芳庵株式会社のお店です。

安政5年(1858年)、現在の繁華街で有名な道頓堀の西の外れあった浪芳橋の畔で、初代の河内屋秀治郎氏が焼き餅を販売しはじめたのがはじまりです。

地域にシッカリと根差したお菓子屋さんとして、他店のようにいたずらに店舗数を展開することもなく、顧客の期待に真摯に応える姿勢に好感が持てます。

看板商品は、「みたらしとろとろ」です。

北海道利尻産の昆布だしと湯浅のたまり醤油をじっくりと煮詰めた特製だれをソフトな餅の中に閉じ込めています。

一口、口の中に入れるとお餅の中から美味しいタレが<出てきます。 その得も言われぬ食感をお楽しみください。 また、「朝焼きどら焼き」は、ソフトな三笠生地に大粒の北海道産小豆を使用しています。大きな粒の小豆を素早く焼き上げた粒あんをふんだんに入れています。 本店の工房では、熟練した職人がお客さんのすぐ前で焼いていますので、焼きたて、熱々を思う存分味わうことが出来ます。浪芳庵のみたらしとろとろ(みたらし団子)

福砂屋 (カステラ)
福砂屋。寛永元年(1624年)三代将軍家光の時代に創業しており、長崎カステラの元祖と言われております。

よくあるなんちゃって元祖ではなく、正真正銘の元祖のようです。

もちろん、長崎カステラの大定番です。創業当時の砂糖は、中国の福州が生産地で、いわゆる福州船で長崎に輸入されていました。

福砂屋はもともと砂糖を商品として取り扱っていましたので、福州の「福」砂糖の「砂」が、福砂屋の屋号になったのではないかと考えられています。

また、商標に使われている変なマークは、蝙蝠(コウモリ)で、中国ではめでたい動物と言われています。

熟練の職人よって丁寧に作られているカステラは、保存料を全く入れておらず、確かな目が選んだ卵、砂糖などの食材の良さを遺憾なく発揮させています。

カステラの底には、角の取れた粗目ザラメ等があって、独特の風味と食感を与えています。

また、「フクサヤ キューブ」は、熟練した職人が、ひとつひとつ手作りでつくる伝統のカステラです。

切ったカステラを単に箱に入れただけのものではなく、ザラメがしっかりと残り、卵の風味が濃厚に感じられます。

伝統と格式を重んじる老舗が、若い人向けの商品を開発したというチャレンジ精神が光る一品です。贈り物に、ティータイムの語らいに、お楽しみください。

「オランダケーキ」は、伝統の長崎カステラに質の高いココア、クルミ、干しブドウンがミックスしたマイルドな味が自慢です。

そのカラーや形を楽しみながらゆっくりとお楽しみください。「特製五三焼カステラ」は、普通には販売されていず、よやくが必要です。

しかしそれだけカステラの風味が普通のカステラにはないほどあり、他ではめったに味わえない特製カステラです。

砂糖、双目(ざらめ)糖、卵は普通よりも多く使用し、逆に小麦粉は少ない量で焼きあげられています。

そのため、伝統と技術を継承した特別な熟練職人のミが作ることが出来るカステラとなっています。

もちろん、量産は不可能なので予約で手に入れることができるシステムとなっています。

最後に、「手づくり最中」は、その皮は、サクッとして軽やかな風味があり、厳選された小豆でできているアンを自分の好きな量だけ入れて食べることができるニュースタイルの最中です。

長崎 福砂屋のカステラ

坂角総本舗 (海老せんべい)
創業明治22年の愛知県東海市にある株式会社 坂角総本舖の出店です。

創業して100年以上にもなる老舗です。

そもそもは、嘉永6年(1866年)名古屋の尾張藩主であった徳川光友公が知多の蜂須賀(現在の東海市)に邸宅を造営している時に、近くの漁師たちが浜辺で新鮮な海老をすり身にして、焚き火で焼いて食べているのを見たからです。

試しに食べてみるとこれが馬鹿ウマであったため、これを江戸の徳川家に贈るとちょっとはいいかなと思ったのが始まりです。

これを後代の坂角の創業者が創意工夫していわゆる「生せんべい」を作り上げました。昭和41年にこれを「ゆかり」と名付け売り出しを開始しました。

なお、昭和30年代には、驚くことには「ゆかり」の生地を客が自宅で火鉢にかけて焼き、それに醤油をつけて楽しんでいたそうです。

今では、愛知・名古屋の代表的な海老せんべいとなっているのはご存知のとおりです。

大阪三越伊勢丹にも出店して当然と言った老舗です。

看板商品は、「ゆかり」で、江戸時代から伝わっている伝統と技術で、フレッシュなエビの身を丁寧に焼き上げたリッチな香りがある味です。

また、「車海老工房一心」は、これまたフレッシュな車エビを贅沢に使っている三種の海老せんべいで、ゴージャスで満足できる味がそれぞれ楽しめます。

坂角総本舗の海老せんべい ゆかり

あおざしからり (萩の月)
宮城県仙台市の有名な菓匠三全のお店のようです。

菓匠三全は、創業が1947年の宮城県柴田郡大河原町にある株式会社です。

社名の『三全』は、同社のお客への誓いである「お客さまへのサービス」「喜働の職場づくり」「堅実経営」の三つのモットーにちなんでいます。

今では仙台土産のド定番である仙台銘菓「萩の月」を筆頭に約160種類にわたる和洋菓子は、現在、宮城県内だけでなく岩手県、山形県、福島県の70店舗で店頭に並んでいます。

また、世界的にたぶん権威のある食品品評会「モンドセレクション」でも「ロワイヤルテラッセ」など同社が申請した全ての商品が、最高金賞を受賞したそうです。すごいですね。

さて、大坂三越伊勢丹の「あおざしからり」は、菓匠三全の揚げ菓子ブランドです。

あおざしとは、青ざしとも書き、日本の文書に初めて現れるお菓子のことだそうです。

菓あおざしからり、青ざしからりと表記の仕方も二通りあるようです。

「あおざしからり」の商品は、ソフトで軽い口触りで、食材の味が楽しめる「あげもちからり」。

悪心的な作り方で、チョコレートを巧みな調合で味をつけた今までにないあげもちの「ショコラからり」などがあります。

また、「まんじゅうからり」は、外はからりとしており、そのくせ中身はズシンと重みのあると同時に揚げたての旨さを提供しています。

言い忘れていましたが、菓匠三全の看板商品は仙台銘菓「萩の月」』です。

個の商品は全国的にも有名ですね。また、近年展開している「ずんだ茶寮」は、宮城県だけでなく東北一帯の郷土菓子であるずんだ餅やずんだスイーツといったものを全国的にに広める契機になったと評価されています。

菓匠三全 萩の月

長崎堂 (カステラ・和洋菓子)
創業が、大正8年(1919年)の大阪市中央区心斎橋筋にある株式会社 長崎堂です。

名前入りカステラで有名なカステラ・和洋菓子屋さんです。

元々は、初代荒木源四郎氏が、大正8年に長崎市千馬町に菓子店「扇正軒」を創業したのが始まりです。

翌大正9年、世界的な金融恐慌、つまり大恐慌ですが、その影響下で会社の経営が傾き、それで長崎を出た源四郎氏は現中央区大手通に合資会社長崎堂を創業し、長崎の事業失敗を取り返そうと大阪で旗揚げしたのです。

以来、社業は発展して、平成15年には、新ブランド「黒船」を阪急百貨店に出店しました。

おすすめのお菓子は、「カステララスク」で、カステラの美味しさが十分に味わえる部分を、丁寧にオーブンで焼いています。

すっきりした甘さ、軽い口触り、ハットするようなお菓子です。

また、ユニークなのは名前入りカステラで、、例えば、内祝いのお祝いとして、子供の名前をカステラのこげ茶色の表面に入れるサービスです。

約20日程度かかるそうですが、孫や子供の両親は喜ぶでしょうね。子供はそうでもないでしょうが。

出産内祝い用メッセージカステーラ 長崎堂

赤福 (赤福餅)
創業宝永4年(1707年)の三重県伊勢市にある株式会社赤福のお店です。

伊勢名物の赤福餅でおなじみですね。平成19年には、食品衛生法に基づく菓子製造業禁止処分により休業となりましたが、平成20年には営業を再開しました。

ド定番で看板商品の赤福餅は、お餅の上にこし餡(あん)をのせた餅菓子です。

赤福の形状は、伊勢神宮の領域を通る五十鈴川の流れを模したもので、アンにつけられている三すじの形は清い流れ、白いお餅は川底の小石を表現しているそうです。

商品名の赤福は「赤心慶福(せきしんけいふく)」の言葉の中から2文字採用し、「赤福」としたそうです。

「折箱」と言うのは、お土産用の赤福餅のことで、創業当初には、竹皮をパッケージとしていました。

やがて七代目店主種助氏が、今のパッケージである折箱のモデルとなる赤福餅の折詰を作り出しました。

その後、明治40年に鉄道の関西線と参宮線が国有化されたのを契機として亀山駅と山田駅で折詰にした赤福餅の出張販売を開始ししました。

プレゼントして使用される「銘々箱」は、それぞれ分けやすい紙箱のパッケージに赤福餅が2個づつ入ったものです。

米などの穀物を蒸しあげる土器を古来から甑(こしき)と言われていますが、贈答「甑(こしき)」は、その甑や蒸篭に模した木の箱に赤福餅を詰めたプレゼント用の商品です。

これは風呂敷で包んで提供してくれます。

赤福茶屋 (和カフェ・赤福)
赤福の茶店みたいなものでしょうか。店内は思ったよりも狭く、テーブルが3つくらいと長椅子の席があります。

メニューはもちろん、ほうじ茶とのセットの作りたて赤福があり店内でいただけます。

また、夏は「あかふく氷」、冬は「あかふくぜんざい」があります。「ミニぜんざい」は、焼き立てのお餅が香ばしく、甘めがあっさりとしたぜんざいです抹茶と小梅・昆布つきです。

なお、赤福茶屋の赤福氷は、関西地区で唯一大阪三越伊勢丹だけです。オープン当初は、混雑していてなかなか入ることもできませんでしたが、少し落ち着いてきていますので、デパートでのお買い物疲れを取るために、美味しい作りたての赤福餅や赤福名物のスイーツでひとやすみされてはいかがでしょうか。

八百源 (肉桂餅)
創業が元禄元年の大阪府堺市にある有限会社八百源来弘堂のお店です。

20人程度の小さな会社ですが、百貨店店舗4、直営店1計5店とけっこう頑張っています。

安土桃山時代に堺の材木町で八百屋宗源は、貿易をしていて、中国・ルソンなどの南の国々から、 多くのの香料・香木を輸入し、それらを日本全国で売っていました。

その香料の中でも「肉桂」(シナモン)は、香りも素晴らしく貴重品として知られていました。
一方、その芳香は評判が良いものでしたが、肝心の辛味と苦味はとても日本の腐女子には悪評紛々たるものでした。

八百屋宗源氏はそのことをよく考えた結果、つきたてのお餅に、「肉桂」を入れてみたら、あら不思議、その餅は香りも味も素晴らしい餅に変化して、それ以降、堺の町の名物として水面下で売られていくようになりました。

これが「肉桂餅」の起こりとして伝承されています。

江戸の徳川の治世下、華麗な上方文化が全盛の元禄という全く平和な時代に、驕らずこっそりと生活していた八百屋宗源の後世代の人たちは、 ついに堺の町でお菓子屋のビジネスを興し、屋号を「八百源」と付けました。

祖先伝来の代表的な菓子とされたのがこの「肉桂餅」です。

その初代は「肉桂」をソフトな求肥に入れ、小豆のこしアンをその中に入れ込み、ニュースタイルのお菓子として店頭に並べたところ、 やがて時が移るとともに堺の町人の間で大人気となり、堺の代表的なお菓子として名声を得るようになりました。

現在、肉桂餅の用途では、茶の湯の場での茶菓子・土産、会社などの応対用の菓子、各種法事のお菓子、結婚式等の祝事の引菓子などがあります。

肉桂餅の八百源来弘堂他が掲載されている書籍「大阪名物」

善祥庵 (黒豆)
大阪市東成区大今里にある黒まめの専門店が善祥庵です。

昭和5年に大阪の市場である黒門で小さな雑穀店として始まりました。

いわく黒豆の全てを知り尽くした穀物商だそうです。

善祥庵と言う屋号は、禅寺・長福山大徳寺の書院名にちなんでいます。

どこの府県にあったお寺なんでしょうかね。

そんなことはどうでもいいのですが、同店の看板商品は、丹波黒大豆等の「やわら」です。

これは、丹波黒大豆を蒸気でほっこりと茹で上げて、二昼夜にわたりじっくりとミツで漬けて、湿度にも気を配りながら心を込めて乾燥させ、塩梅の良い甘味とマイルドな食感に作られています。

「ふくみ」は、同じくマイルドにスチームで炊き上げた黒豆を糖ミツに漬けていきますが、これには、三昼夜の時間がかかります。

一番蜜、二番蜜、三番蜜と徐々に糖の度合いを少しづつ上げていくことで、黒豆の深部にまでミツを浸透させていきます。

適度な濃度でミツがあり、モチモチとした食感が得られるようになります。

「からり」では、黒豆に水を含ませるいわゆる水漬けは、季節ごとに水の温度や漬け込む時間を熟練の技と勘で仕上げています。

さらに熱風で温度を適切に上げながらローストし、軽い口触りが得られるようにしています。

添加物など一切加えずに黒豆がもつ特有の美味しさをお楽しみください。

大阪のお土産としても最適な一品でしょう。

井の一 (あられ・おかき)
大阪三越伊勢丹に登場した「井の一」は、大阪天下茶屋で昭和10年創業の炭火手焼おかきの老舗です。

おかきの素材としては極上とされる佐賀のもち米「ヒヨクモチ」を惜しみなく用いています。

作り方ですが、このもち米の特有の風味が損なわれないようにと丸粒のままセイロで蒸します。

蒸しあがったもち米を杵でついて、それからおかきの種類に合わせて、海老、ゴマ、青海苔、豆、塩などをミックスします。

どうもこの杵つきのつく回数がポイントのようで、職人は回数をいちいちカウントしており、不用意にこんな時話しかけるとたちまち怒られるそうです。

つきあがった餅を木の箱に入れて、冷蔵室で3~4日じっくりと味を落ち着かせます。

おかきの生地が完成したら、備長炭で焼き上げ、次にそのおかきを「たまり醤油」、「白醤油」、「生醤油」で味付けをします。

ここまでくるのに7~10日以上経過します。

手焼きおかきの店からのおすすめの「炭焼友禅」は、白醤油の気品あるリッチな味で正方形のキュートなおかきです。

白・えび・胡麻・青海苔の4色入りで当店の代表的な定番のおかきです。

次に「美穂露」は、大きな生地を心を込めて焼き上げた大変香利が豊かなおかきです。

白醤油・生醤油・青海苔・エビ・胡麻・海苔巻(磯薫)の6種類があります。

一枚づつパッケージされた手焼きおかきなどはいかがでしょうか。

「炭焼千枚」は、生醤油の薄焼きおかきです。パリっとした食感と気高い香りの人気のおかきです。

円菓天 (月餅)
東京新宿のチキンカレーで有名な新宿中村屋と近くの伊勢丹新宿店がコラボしています。

「円果天」の「円」は家庭円満を表し、「果点」は中国語でお茶請けおやつを意味し「天」は天の恵み、自然からの恵みを表しています。

人と人とのつながりや自然や季節を慈しむ心が「円果天」の名称にはあります。中国の伝統菓子「月餅」を小さく一口サイズにしています。

月餅も3種類あります。「月餅」、「季節月餅」そして「しろ月餅」です。

「月餅」のおすすめは、「円果天」と店名が付けられているもので、マイルドなコクのある中華風小豆アンが入っている月餅です。

北海道で生産された小豆の風味を生かし、サッパリとした甘さが自慢です。

「季節月餅」のおすすめは、「栗」で、熊本産の刻み栗を、マイルドなマロンテイストの白あんとミックスし、マロンのフレイバーが広がるアンを、薄めの皮の生地で包んで焼き上げた一口サイズの月餅です。

あんも生地もサッパリとした味わいがあり、現代風に作り変えられた月餅です。

「しろ月餅」とは、香港で流行の生タイプの月餅を、日本人向けに調製したもののようです。

「しろ月餅」のおすすめは、「中華風小豆餡」で、マイルドでコクのあるチャイニーズ風の小豆アンを、もっちりふわっとした新しい食感の生地で包みんでいます。

大阪三越伊勢丹だけでなく伊勢丹新宿店でも大人気の伊勢丹限定ブランドです。

なお、円果天の月餅は伊勢丹新宿本店、伊勢丹浦和店でも販売しています。

月餅も入っている新宿中村屋の自慢詰合せ