大阪駅 阪神百貨店の地下1階にある阪神食品館の和菓子のテナント紹介の続きです。

さすがに大阪駅のグルメの宝庫、阪神百貨店には一つのページには収まりきれないほどの和菓子屋さんがあります。

魯山 (おかき)
あられやおかきのお店のようですが、ほとんど情報がありません。

全く存在感がないといっても過言ではありません。

情報がない、存在感がないといってもそれだけでつまらない店だというわけでもないと思います。

逆に、バンバン情報発信しているようなお店でも、情報発信の割には内容のない店もあります。

内容、商品が大したことないだけに、インターネットやメディアの力を借りて売上を上げようとする店もあります。

しかし、そのようなお店は、いずれグルメな方々をはじめとする消費者によって淘汰されていくものです。

ある程度しっかりした商品を出していけば、それなりにお店は続いていくものでしょう。

総本家釣鐘屋本舗 (和菓子)
釣鐘まんじゅうのお店です。

つまり、釣鐘型をしたまんじゅうのことです。

なぜ釣鐘型のまんじゅうを作り出したかというと、大阪の四天王寺が関係してきます。

四天王寺は、6世紀の末に建立された日本最古のお寺と言われています。

奈良の法隆寺よりも少しばかり古いお寺です。もちろん、建物自体は法隆寺のほうが古くからあります。

その四天王寺に地元の檀家等が大梵鐘を奉納したのが明治33年、1900年のことでした。

その奉納記念として、釣鐘型のまんじゅうを四天王寺の参道で売りだしたのが始まりだそうです。

これが、四天王寺や大阪の名物となり、浪速のお土産として続いてきたのです。

釣鐘まんじゅうの他にも名代芭蕉があります。

昭和初期には、バナナが登場し始めましたが、一般大衆には高嶺の花でした。

そこで、何とかバナナを食べたいという思いを実現しようとして創りだされたのが、バナナカステラの名代芭蕉です。

芭蕉とはバナナの木のことです。

その他の銘菓としては、一口かすてら、釣鐘もなか、富久夢、手焼き風せんべいなどがあります。

総本家釣鐘屋本舗の釣鐘まんじゅうと和菓子

和菓子処 箕面かむろ (和菓子)
かむろと言う屋号の由来については、情報がありません。

ただ、かむろとは、子供の髪型、その髪型をした子供、遊女見習いの幼女と言った意味があるようです。

箕面かむろの代表者が室忠義という方ですので、この室と言う姓にも何らかの関係があるかもしれません。

いずれにしろ、大阪の箕面市に本店がある和菓子屋さんです。

通年の代表的な和菓子としては、次のとおりです。

久利かむろは、北海道産大納言小豆と一粒栗、和三盆等を使っている三笠焼きのことです。

名代栗饅頭は、特製のきざんだ栗が白あんに練り込まれています。

勝王最中は、なぜ勝王なのかというと、地元の勝尾寺にちなんだものだそうですが、それなら勝尾にすればよいのにと思ってしまう最中です。

黒糖菓凛糖は、沖縄の波照間島の黒糖を使用しているかりんとうです。

箕面かむろの和菓子

文の助茶屋 (京甘味)
文の助茶屋の文の助とは、落語の二代目桂文之助のことで、明治時代の落語家です。

主に、京都の寄席で活躍しましたが、引退後は、京都東山の高台寺の境内に甘酒茶店「文の助茶屋」を作りました。

この文の助茶屋は、東山辺りを行き交う旅人たちにも人気であったようです。

おすすめ商品は、ニッキの香りがするわらび餅、京きな粉と宇治抹茶の抹茶わらび餅、頃豆の煮汁で炊きあげている黒豆わらび餅などがあります。

桂文之助時代からの看板商品は甘酒です。

米麹から作っており、砂糖を用いない自然の甘みは堪えられません。また、ヘルシーで、消化吸収もよく甘酒といってもアルコール成分は全くありません。

笹包みわらび餅、栗ぜんざい、冷しあんみつ、宇治抹茶ゼリー、くずみつ、ところてん等の商品も好評です。

文の助茶屋の甘酒・甘味

ARARE:ショコラ43 (チョコレートあられ)
あのおかきの雄、小倉山荘プロデュースのお店です。
小倉山荘は、長岡京にあり、古都の京都らしく、藤原定家の小倉百人一首と平安王朝の風雅な精神を表したおかき、煎餅、あられ、和菓子などのお菓子類を作っています。

ARARE:ショコラ43が屋号ですが、「恋いろ 想ひそめし」と言うキャッチフレーズが付いています。

このフレーズは、小倉百人一首の中で一番数の多い恋愛に関する歌の43首にちなんでいます。

小倉山荘お得意のあられにチョコレートのコーティングがされています。

このチョコレートにも心配りがあり、ツヤがあまりなく穴が空いていたりします。

このため、通常、コーティングして見栄えを良くするのですが、この方法を取ると折角のチョコレートの風味が損なわれるのであえてしていないそうです。

まず、商品のスタンダードのミルクショコラは、ベルギー産のクーベルチュールを使用しています。この他には、ホワイトショコラ、ビターショコラがあります。

その他、ナッツ類にはごま、アーモンド、ピーナッツ、きなこ。
お酒類には、梅酒、ラム酒、ブランデー。バラエティには、甘酒、紅塩、京風だし、塩キャラメル。

日本の果実には、マロン、ユズ、すだち、紫芋。フルーツには、パイナップル、クランベリー、ブルーベリー、バナナ、オレンジ、つぶつぶいちごがあります。

恋いろ 想ひそめしのチョコレートあられ

明月菓寮 (和菓子)
これも、ARARE:ショコラ43と同じ小倉山荘のブランドです。

小倉山荘は、藤原定家の小倉百人一首の世界をお菓子で表現しようとしていますが、明月菓寮も同じようなことです。

小倉百人一首が編まれ、世上広く知られていた紅葉の名所として数多くの歌で紹介されてきた京都の嵯峨小倉山の麓に本店があります。

明月菓寮の屋号は、藤原定家の日記として知られている「明月記」にちなんでいるそうです。

看板商品は、明月小倉山です。これは、小倉餡が誕生したと言われている嵯峨野らしく、国内産小豆を伝統の製法で炊き上げた小倉あんと北海道産手芒豆で作った白餡を小倉山の姿のような餅生地で包んだものです。

小倉焼きは、三笠焼きのようなもので、丹波大納言で作った小倉あんを三笠山の姿を模した皮で包んだものです。

京都長岡京小倉山荘の和菓子

長岡京 小倉山荘 (あられ・おかき)
ARARE:ショコラ43と明月菓寮の本家本元の小倉山荘です。

京都の長岡京市に本社があるあられやおかきなどの和菓子の大きな会社です。

販売店は、多くのデパートやショッピングセンターにありますので、デパ地下に詳しい方はほとんどご存知でしょう。
一言で言えば京都せんべい・おかきの専門店です。

京都府の長岡京市には、小倉山荘竹生の郷というものがあり、静かで和やかな人と人との関係を深め、日本や京都の美しい伝統的な文化を後々まで伝えたいという小倉山荘の基本方針を具現化した発信拠点としています。

また、小倉山荘の精神的バックボーンとなっている小倉百人一首の情景を表現しているという店内には、定番のあられやせんべいと言ったお米で作るお菓子や和菓子のブランドである「明月菓寮」や甘いものが食べられる「小倉山荘カフェ」などもあります。

小倉山荘一番の人気商品は、小倉百人一首で歌われている桜や紅葉、月など四季折々の情景を8種類の形で表しているあられの詰合せです。

だんらんは、おかきを10種類以上詰め合わせた好評の商品です。

恋いろ想ひそめしは、爆発的に売れている濃厚なチョコのあられです。

なお、2011年11月7日のフジテレビ系、関西テレビ「よ~いドン!」では、関西テレビ岡安アナウンサーのお薦めとして長岡京小倉山荘の御門ぜんざいが紹介されました。

長岡京 小倉山荘のおかき・あられ

千鳥屋(和・洋菓子)
千鳥屋は福岡県の和菓子メーカーです。

福岡といっても、福岡市や北九州市ではなくて、筑豊地域の飯塚市のお店です。

石炭産業が活気を呈していた頃、飯塚市のある筑豊地域は炭鉱で賑わっていました。

石炭成金と石炭労働者は、金回りもよく、また、過酷な労働もあって甘いものが飛ぶように売れていました。

この頃、筑豊地域には多くの和菓子メーカーができ、千鳥屋もそのようなお菓子屋さんの一つでした。

当時の、売れ筋商品には千鳥饅頭、丸ボーロそしてカステラでした。

昭和37年には、ドイツでの修行の結果、洋風巻きせんべいのチロリアンを発売しました。

最近では、フランス菓子店「典」を福岡市内に展開してきています。

現在の千鳥屋のおすすめ商品は、ドイツ風の巻せんべいであるチロリアン、千鳥屋の代表的なお菓子である千鳥饅頭、菓子処典の天神マカロン、寒天に小豆を包んでいる白露しずくなどがあります。

ちなみに、はなまるカフェのおめざでは、2005年10月5日に渡辺徹さんがチロリアンをおめざとして紹介しました。

千鳥屋の和菓子・スイーツ

鶴屋八幡 (和菓子)
創業が幕末頃の大阪今橋の和菓子屋さんです。

元々を遡ると元禄時代になります。

当時の上方で有名であった老舗の菓子屋さん、虎屋伊織が鶴屋八幡の原型です。

このお店は、弥次喜多道中で有名は東海道中膝栗毛にも登場しました。

このお店が出した菓子切手は、日本で最初の商品券ではないかと言われています。

同店は、饅頭などを売っていました。

現在の鶴屋八幡の商品は、四季の心で、柚子羹、小倉羹、栗小倉羹の3種類があります。

百楽は、最中で粒あん入りとこしあんいりがあります。

舞鶴は、三笠のようなもので丹波大納言小豆のアンが入っています。

さつま大納言は、和風のスイートポテトで、サツマイモの金時と丹波大納言小豆が入っています。

いただきは、せんべい状の2枚に粒あんを挟み込んだものです。

即席しるこは、コシアンと和三盆糖の風味が楽しい即席のおしるこです。

なお、2009年9月21日のフジテレビ系の番組「よ~いドン!」で「プロが教えるとっておき 本日のオススメ3」のコーナーで料理研究家 山本佳永さんのお薦めが鶴屋八幡のさつま大納言でした。

[鶴屋八幡]さつま大納言

鶴屋吉信 (京菓子)
京都の老舗和菓子屋さんです。

江戸時代の1803年に創業していますが、鶴屋八幡といい、鶴屋吉信といい鶴屋には和菓子店が多いのはなぜでしょうか。

こんがらがってしまいます。

京菓子を作っています。

京菓子とは、京都で作られているお菓子のことですが、他の地域と異なる点は、御所、公家がありまた、お寺や神社も多く、加えて茶の湯の文化も相当あります。

京菓子は、これらが行う行事や儀式に用いられた献上菓子であることが最大の特徴でしょうか。

京菓子は、単に味わうだけではなく、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚の五感で味を楽しむことが大切とされています。

また、京都では2週間単位で季節が移り変わるとされており、この季節感をお菓子で表現する事も重要視されています
鶴屋吉信の代表的な商品は、まず、京観世です。

大正期に発売されたもので、村雨と丹波大納言の粒あんのロールケーキのような羊羹です。本店近くにある観世稲荷の井戸に伝説があり、この伝説にちなんで商品名としたそうです。

柚餅は、ギュウヒに青柚子の香りを移し、和三盆糖をふりかけた餅です。明治の初めころにはあったそうで相当に古いお菓子です。京観世と並んで鶴屋八幡を代表するお菓子です。

つばらつばらは、つぶあん入りのどら焼きのような感じです。

2011年の7月11日のTBS系「はなまるマーケット」のはなまるカフェでゲストの東幹久さんが今朝のおめざで、鶴屋吉信のつばらつばらを提供しました。

鶴屋吉信のつばらつばらなどの京菓子

両口屋是清 (和菓子)
名古屋の老舗和菓子屋さんです。

京都や大阪に比べると老舗が少ない名古屋ですが、尾張藩徳川公からお墨付きをもらっており、屋号の両口屋是清も2代目の徳川光友からもらったとのことです。

創業は1630年台ですから、江戸時代初期の頃からあります。

とは、言っても元々は大阪のお菓子屋さんで、始祖の猿屋三郎右衛門さんが尾張藩の御用菓子を作るため、呼ばれてきて名古屋で開業したそうです。

つまりは、その当時は、あまり優秀なお菓子屋さんが名古屋にいなかったようです。

両口屋是清は、尾張藩の権威の下で家業が発展したようですが、明治維新となり廃藩置県で尾張藩もなくなったため没落していき、大正時代には従業員がわずか10人足らずのお店になってしまいました。

しかし、昭和初期ころから、「二人静」や「をちこち」などの新商品を発売ヒットさせました。

この頃か持ち直し初め、昭和30年頃には、「千なり」の機械製造ニ成功し、今日の隆盛につながりました。

代表的な看板商品は、北海道産小豆あんと焼き皮の「千なり」で、小豆粒あんと抹茶あん、紅粒あんがあります。

「をちこち」は、キューブ型のお菓子で大納言小豆を使用しています。

二人静は、徳島県産出の和三盆糖を使っている紅白の和菓子です。

2010年3月30日の日テレ系「PON!」でゲストのスピードワゴンの井戸田潤さんが両口屋是清の「花のつゆ/醍醐の里/春の小径/千なり焼菓子詰合」を紹介しました。

両口屋是清の和菓子

坂角総本舗 (海老せんべい)
いわゆる海老せんべいは、名古屋愛知県のお土産の定番になっています。

その海老せんべいで一番有名なのが坂角総本舗でしょう。

両口屋是清と同様に、この老舗の話にも尾張藩主の徳川光友公が出てきます。

知多の横須賀に御殿を作った時に、漁師たちが獲ったエビのすり身を炙って焼いていたのを絶賛し、その後徳川家康への献上品となったそうです。

これを、創業者が試行錯誤して海老せんべいにしたそうです。

ま、本当の話かもしれませんが、京都、大阪の老舗と同様、時の権力者とのあーだこーだの話が名古屋の老舗も好きなようです。

昔ならいざしらず、現代の消費者は、過去の話などどうでもいいことで、商品が美味しくて安ければ人気が出るでしょうし、ブランド化していればそれを頼りにするだけです。

徳川家や豊臣家、公家や宮様との関連話は知ろうともしないと思います。

もちろん、各老舗の歴史をサイトに書くことは自由ですが、この権威のようなものに安住すること無く安くて美味しい商品を販売していただきたいものです。

坂角総本舗の看板商品は、ゆかりです。

海老せんべいらしい風味は抜群です。カルビーの海老せんべいと比べると、海老せんべいとはこのことを言うくらいの美味しさです。

車海老工房一心は、車海老を使った海老せんべいで、特に車海老をまるまる一尾使っているせんべいもありますが、何と言っても海老の形そのまま焼き上げたものはインパクトがあります。

坂角総本舗の海老せんべい/a>

鼓月 (京菓子)
京都伏見にある京菓子のお店です。

京菓子の老舗は、かなり古く数百年前の創業がザラですが、鼓月は戦後の創業ですから、京菓子の世界ではニューカマーとなります。

そのせいか伝統や格式にはこだわらず牛乳やバターを食材を取り入れて、従来からの京菓子とは異なる新しいお菓子の世界を創り出しています。

数百年の歴史や権力の裏付けを誇るのもいいのですが、このようなチャレンジ精神にあふれたお菓子屋差の登場も必要でしょう。

新参者だからこそ、しがらみや固定観念にとらわれず新しい美味しいお菓子を生み出す原動力となっています。

鼓月という屋号は、妙心寺の管長から名付けてもらったそうですが、打てば響く太鼓に想いをおき、鼓月という名称が月に届くようにと言う意味が込められているそうです。

いっそ、反骨精神を出してドラムムーンぐらいに英語の屋号にしてはいかがでしょうか。

鼓月の代表銘菓の一つは、千寿せんべいです。これは、波の間に鶴が飛んでいるデザインです。シュガークリームを挟んでいるヴァッフェル生地のおせんべいです。昭和38年発売のロングセラー商品です。

華は、昭和30年台当時、バターや生クリームを素材に使い、京菓子界に新風を吹き込んだお菓子です。

万都の葉は、小割り栗入り粒あんが入った最中です。

2011年11月13日放送のシルシルミシルの「京都のお菓子対決 」では、鼓月の千寿せんべいが紹介されました。

鼓月の京菓子

宗家 源吉兆庵 (和菓子)
京都でもなく、大阪でもなく、ましてや名古屋でもない岡山の和菓子屋さんです。

吉兆の文字が入っていますが、あの日本料理の吉兆とも関係無いようです。

けっこう大きなお店で、従業員がグループ全体で1700名もいます。

特徴は、四季折々のフルーツを使った和菓子作っていることです。

岡山県は、フルーツでも有名ですから、うまく地域の特産を生かしています。

そもそも菓子という語は、古くは果物や木の実などを指していました。同社は、この原点をうまく和菓子とミックスさせています。

また、源吉兆庵は海外進出にも意欲的で、ニューヨーク五番街、ロンドンピカデリーなど世界の主要都市の目抜き通りに店舗を展開しています。

また、ブランド展開にも熱心で、京都菓匠清閑院、奈良香寿軒、日本橋屋長兵衛などは源吉兆庵のブランドです。

看板商品には、夏の「 陸乃宝珠」は、クレオパトラが好んだ果実の女王であるマスカット オブ アレキサンドリアを丸々一粒使用しています。

秋の「梨宝果」は、ジックリと追熟させたラ・フランスをまるごと使っています。

定番菓子の「福渡せんべい」は、洋風煎餅にクリームをはさんでいますが、これが鼓月の千寿せんべいに激似です。

どちらがパクっているかについては、福渡せんべいが発売年を記載していませんので、源吉兆庵がパクっているようです。

洋菓子のラムレーズンでも六花亭のマルセイバターサンドが定番ですが、似たような商品は全国各地にありますので、これと同じことが起こっているのでしょう。

2012年8月14日のTBS系 はなまるマーケットの「今朝のおめざ」では、ゲストの中村吉右衛門さんが宗家 源 吉兆庵の「あんとろり」を紹介しました。

宗家 源吉兆庵の和菓子

桂新堂 (海老せんべい)
名古屋にある慶応二年に創業した海老菓子屋さんです。

名古屋には、海老せんべいのゆかりで有名な坂角総本舗がありますが、ライバル同士なのでしょう。

事業内容に高級えび菓子の製造及び販売としていますから、商品は高級なのでしょう。

公式サイトには、桂新堂の作品としていますから、ここでも自店の商品についての自信が伺えます。

定番商品の「海老づくし」には、沖縄や九州の車海老や甘えびのすり身を炙り焼したものです。

「甘えび姿詰合せ」は、北海道の日本海沖の甘えびを焼き上げたもので、まるまるの姿をしています。

「炙り焼き」は、海老の身をすりつぶしてせんべい状に焼きあげたものです。甘えびと赤えびが入っています。

「えび姫」は、海老すがた、アーモンド、抹茶、梅、イカスミ、かぼちゃ、ノリ、赤えび炙り焼など8種類の海老せんべいの詰め合わせです。

2006年11月14日のはなまるカフェでは、新山千春さんがおめざとして桂新堂の車えび甘えび詰め合わせを持参しました。

桂新堂の海老せんべい

新宿中村屋 (和・洋菓子)
新宿中村屋は、カレーの店としても有名ですが、実は和菓子、洋菓子、中華まんなども作っています。

また、デパ地下やショッピングセンター等の出店にも積極的で、直営店を160店も持っています。

特にあまり知られていませんが、関東圏では中華まんのシェアも相当高いものがあります。

このように、新宿中村では、お菓子の売上比率は60%を超えており、レトルトなどの食品事業が20%ですから、レストラン事業の売上は僅か13%程度ですので、カレーの売上は大したことがありません。

そもそも新宿中村屋は、20世紀のはじめにパン店を買収してお店を始めましたが、パン屋が和菓子を売ることには大変な苦労があったようです。

しかし、良品適価の信念のもと、だんだんと世の中に受け入れられてきて、大正期には洋菓子の製造も始めました。

新宿中村屋の和菓子には、これを和菓子というかどうか疑問がありますが月餅、粒栗まん、羊羹、パックカステラなどがあります。

洋風和菓子として、あんまろん、うすあわせ、ちーずあんチーズ、うきみもよう、狭衣などがラインナップされています。

洋菓子には、絹ふわり、アイリッシュケーキ、ふんわりたると、サンドサブレ、国産小麦のラスクを揃えています。

米菓は、うすはひかり、花手毬、こがねはずみ、花の色よせなどがあります。

2009年8月13日のはなまるカフェでゲストのコロッケさんのおめざは、新宿中村屋ISSUIの「水乃果 くずきり梅酒ジュレ」でした。

新宿中村屋のお菓子

サザエ (おはぎ)
デパ地下等ではお馴染みの十勝おはぎのサザエです。

1949年に野村とみという方が函館の朝市の場所に小さな小さなサザエ食堂を開きました。

サザエという店名は、マンガの「サザエさん」のような明るい家庭を願って付けたそうです。

自分の子供のお八つとして作っていたおはぎが大評判となり、食堂をやめておはぎ専門店にすぐになりました。

その後、札幌市に拠点を移し、本格的におはぎを作ったところ売れに売れて、現在では年商100億円、従業員も800人以上になっています。

創業者の食堂のおばちゃんであった野村とみさんは、現在会長です。

商品は、基本的には十勝産の小豆と北海道産のモチ米を使用して作っています。

和菓子には、看板商品の十勝おはぎがあり、こしあんと粒あんがあります。

また、みたらし、あん、ゴマ、草だんごの4種類の串ダンゴ、そして大福も取り揃えています。

実演販売の焼き菓子には、十勝大名おやき、白いおやき、十勝大名たい焼き、白いたい焼き、うす皮たい焼きなどがあります。

2010年9月13日のはなまるカフェでは、舘ひろしさんがおめざとして、サザエの十勝おはぎを紹介しました。

泉屋東京店 (クッキー)
本社が東京麹町にあるお菓子屋さんです。

明治の頃に、大阪の船場に泉屋という貿易商がありました。この会社では鉄製品や機械を売っていました。

そこの三代目の夫妻は、クリスチャンで和歌山の下津町に住んでいました。大正の初めころの話です。

クリスチャンですから、教会に行っていたところアメリカ人宣教師の奥さんが焼くクッキーに出会いました。

そこで、奥さんはオーブンを購入してクッキーを焼き始めました。

その後、夫妻は京都に移り住み、そこでクッキーを焼いていたら、売ってくださいという人まで現れたので、泉屋の看板をあげましたが、商売まではいかなかったようです。

昭和12年には、東京に出てきて店舗や工場を作って、現在の泉屋東京店となったものです。

日本で始めてクッキーという語を使ったのは泉屋東京店です。

泉屋東京店、創業者の強い思い入れがあるのは、リングダーツというドーナツ状のクッキーです。

このクッキーは、浮き輪を連想させることもあり泉屋東京店のシンボルマークが浮き輪なのもこのことにちなんでいます。

代表的な商品は、マイクッキーという詰合せで、リングダーツ、サボフィンガー、ココナッツ、ウォルナッツ、チョコレート、クリームフィンガーといったクッキーが入っています。

スペシャルクッキーは、スコットランドの家庭で作られる14種類のホームメードクッキーの詰合せです。

泉屋東京店のクッキー